本日、深夜

授業終わり、映画の話をしていた。寝不足だったせいもあるのか、言葉はうまく使えずに、私はぼーっと昔のことを思い出していたみたいだ。


なので、その場で、そして帰り道で思い出したことを、今日は書いてみることにする。

小学生の頃の夢は、漫画家になることだった。親友とタッグを組み、長編空想科学漫画も描いたことがあった。その頃のヒーローは手塚治虫青山剛昌だった。

ただ、中学生の頃にはヒーローはいなくなり、初めてタバコを吸いお酒を覚えた。町と映画館に入り浸り、高校生のヤンキーにカツアゲされたり、かわいい仕返しをしたり。そのくらいしか記憶にない。つまらなかったのだ。ただ、始めてメガネをかけるようになったときに、自分が変わったような気がして嬉しかったな。

高校生になり、また親友が出来た。その頃の夢は、画家かデザイナーだった。なんだかんだとミーハーな毎日を過ごし、他人にどう見られているかを気にしてたんだろーな。そんなときに、親友にニューシネマパラダイスという映画を紹介されて、始めて現実ではない誰かが作ったもので泣いた。それから、本や映画にと色々なものに興味が持てるようになって、映画の中や文章の中に出てくる写真や写真家に惹かれていったのかもしれない。その頃の私には写真家が、孤高で実は頭がよくて、とてもかっこいいものに見えたんだ。

小学生の頃の親友が、高校になってバンドマンになってたから、少しは音楽も聞いたのかもしれないが、私の興味は目から入ってくる情報のほうが強かった。

それから、写真の専門学校に入って東京にでてきた。田舎もの特有のアレだけど、都会に出たかっただけの理由で東京に来たようなものだ。でも、何人か友人ができて親友もできた。ドキュメンタリー映画にはまって、特にAとA2には今でも影響を受けている。あとは、その親友が五歳くらい上の人だったので、その人と色々な始めてのことをした。それは、エロ系とかではなくて活動とか行動とか、今までかっこわるいと思っていたようなことだった。その中で、自分がどれだけ幼稚でプライドの塊でしかないということを知ったんだったっけ。それから、海外に行ってみたり、一人でも自信をもって出来ることを探したりした。そしたら、不安や恐怖よりも期待や興奮をすることのほうが、世の中には多いんだーって気がついた。

そして、いま。本の趣味は民話や歴史になって、映画は動画になった。漫画はノスタルジーで、音楽はたまに聞くと刺激だ。そうして、私は他にやることも特になく、写真家になるのだろうな。若い頃に、想像していたよりも孤独だけれども、頭はそんなに良くないみたいで困ったものだ。目の前の、ひとつの事柄すら見逃して、後悔しているような馬鹿が出来上がってしまった。メガネをしても、カメラを構えても、大人になった私の目の前の世界はちっとも変わりはしなくなった。

まあ、それでも、やっぱり。私は、ここはフィクションじゃないと思い込みたいのだなー。だから、写真家なんだろーな。写真を通して、他人や私や世界やらはフィクションじゃないと思い込みたいのだな。きっと。




校長 はた